2008年7月 8日 (火)

 懲りない結婚パート3

  息子も大学へ入学、下の子は高校正。

  商売もすこぶる順調、二人の生活になったのを機に、マンションを購入。

  私は、子供達が小さい頃は、ちょっと田舎、だけど都会、見たいな場所を選んで住んでいた。

  男の子、2人だったから、自然が一杯の所であそばせてやりたかった。

  だけど、それも小さい時だけで、ある程度になると、生活の形が色々変わり。仕事や、学校などを

  主体にして、今度はマンション暮らしにする事にした。

  息子と2人、快適な生活だった。

  二回目の、あんなに疲れる離婚を経験したにもかかわらず、やはり私も女なのだ。

  お付き合いを始めてしまっていた彼と、懲りもせず、マタマタ結婚。再々婚だから呆れてしまう。

  長男曰く、「将来、お母さん1人で置いとくよりは、安心だから、、、。」と賛成してくれた。

  相手は8、歳年下、私39歳、彼は31歳の時だった。

  私はこの時、この人なら、私にもしもの事があっても、息子達2人のことを托せる、気持ちのやさしい

  情のある男だと思った。

  彼は、バツ一、別れた奥さんとの間に、男の子が一人。

  毎週、必ず息子に会いに行っていた。勿論生活費の面倒もちゃんとみていた。

  この事で、私と後でよくもめたのだが、その理由は、私は、離婚した女には、離婚した女の「覚悟」がある。

  そう思っているんです。そりゃあ、離婚した直後は生きていく道が定まるまで、前の旦那をあてにするのも

  解るけど、この奥さんは旦那におんぶに抱っこ、彼が渡しているお金は、養育費ではなく、生活費でした。

  自分が稼いだお金をどう使おうが、そりゃ本人の勝手だけれど、、。

  聞けば、ろくな女じゃない、それに気ずいた旦那、結婚して、子供が生まれて半年で離婚していた。

 「牛や馬にも劣る」彼はよくそういっていたが、私から言わせれば貴方が選んだんでしょう?

  別れる時、最初の結婚の時は誰にも相談する事もなく、別れたしまってから、親にも報告!

  2度目の旦那の時は、色んな人がもうその旦那の事を、ブーイング。

  でも、これほどつらい事はない。えらんだのは、自分なのだから、、。一体どうして?

  自分を責めるばかりの日々だった。

  だから、彼の前の奥さんが理解できなかった。努力しろよ!そういいたかった。

  いくら、お金を渡しても無駄なタイプ!子供の為などなりはしない。

  そんな無駄なお金を渡すくらいなら、子供の将来に役に立つ為に、貯金でもしてあげなさいよ。

  最後にはそう言って「貴方の稼いだお金、どう使おうと貴方の勝手だけど、、」と捨て台詞。

 

  それから暫く経って、どうやらお金を余分には渡さなくなったらしい。

  すると、この奥さん、「立派!!」ハハハ。笑ってしまいます。

  なんと、お見合いして、結婚するとの事。   「養育費、どうする?」そう聞かれたというからビックリです。

  私はお陰で、仕事に恵まれ、普通に男がいなくても生活出来たけれど、女が全て私のようじゃないという事

  は解ってはいるけれど、、。まあ仕事したくない、誰かに食べさせてもらうほうがいいという女もいる。

  どちらが偉いとか、どちらが馬鹿とか言う話では勿論ないが、その時私は、なんだか複雑な気持ちだった。

  奥さんの結婚式の1週間前、今日で息子とも、お別れという日。

  帰ってきたあの人の、寂しそうな顔を、私は忘れない。

  私達の間には子供は出来なかった。勿論私の歳から考えても難しかったのだが、1度、子宮外妊娠を

  して、子供はもう望めなかった。今になった思えば、出来なかった方が良かったのかもしれない。

  彼は仕事は真面目だった。本当に良く働く人だった。

  趣味もなく、言い換えればつまらない男だった。音楽も聴かない、旅行も行かない。

  だけど器用な人で、物を作らせてもうまかった。

  野心家ではあった。商売のテを広げて上に立ちたがっていたが、、。

  人がいいばかりで、人を育てる事は出来ない人間だった。おはちが全て、私に回ってきた。

  何故、私は結婚したほうがしんどくなるんだろう?一人の時のほうがいろんな意味で楽だった。

  でも私は、自分の全てをかけて彼を応援する事が出来なかった。

  私は私の仕事を愛していたし、彼とは仕事のセンスが違いすぎた。だんだんビジネスに陰りがでてきた。

  人をに育てる事に努力もしない人間が、手を広げすぎた。私も自分の男に力もないのに、それをやめさせ

  ル事をしなかった私にも責任がある。

  お金のことで喧嘩、持っているものは全てだし尽くしてしまった。もうぼろぼろだった。お互いに!

  ある日、彼は全てをほうりだして家を出て行った。なにもかも私に押し付けて、、。

  情のある信頼出来る男だと思った私の思いは、見事に裏切られた訳です。

  自殺しないか?心配もしたけれど、、。

  結果、13年の結婚生活にピリオドです。これからがまた大変だった。

  1年後、私に届いた知らせ、、。もう助からないらしいよ、、。そう彼は私と別れた後、肺がんになり、45歳

  という若さでこの世を去ってしまった。

  この間、色んな事が又あったのだけれど、それは又この次として、人間は、自分のした事への報いは

  必ずやってくるという事。彼は神様からバツをうけたのかもしれない。

  私は私で、違った形で、今罰をうけている。人間、日頃往生とは本当の話。

  3人目の旦那は、別れた後とはいえ、死んでしまった、、。人生観が変わりました。

  

2008年6月27日 (金)

懲りない結婚、パート2

   離婚したばかりの頃、まだまだ一人でどうやって、2人の子供を人並みに育てていこうか?

  手探り状態の日々。それでも何とか生きていく道が見え始めた時、よせばいいのに2度目の

  結婚をしてしまった。相手は5歳年下。

  何故結婚したかというと、私の場合、相手がどうも、勘違いするらしい。

  女房にするタイプだと、、。違うのにね~。でもそろそろ息子のキャッチボールの相手が

  出来なくなってきていたのに、私自身、チョット、ショックを受けていた頃。

  お父さんがほしくなった。自分で息子達からお父さんを奪っておきながら、勝手なもんだ。

  だけど、下の息子はまだ小さかったせいもあり、彼も扱いやすかったんだろう、、。仲良しだったな~。

  この頃から、私のビジネスにも光がさし始め、頑張って子育てと仕事に熱中した。

  所が、この旦那、もともと仕事運というか、人徳というか、悪い人間ではなかったけれど、オーラも

  センスもなく、だんだん私の後から、走っているようになってきた。

  「やっぱり、さげまん。」この頃からそれが証明されてきていた。

  彼はいつも、私を人に自慢するような男だった。それも容姿とかではなく、私のビジネス力を、、。

  情けないやら、馬鹿馬鹿しいやら、どんどん私の心はさめていった。

  別れるのが、又大変だった、今でいう「うざい」。話合いというものが、出来ない、いや通じない奴だった。

  人に中に入ってもらうなど、本来私らしくないのだが、この時は、友人「男友達」にはいってもらい、

  ほんと、やっとの思いで別れられた。その間しんどくて、空も見たことがなかった事に、後で気がついた。

  勝手に、離婚して、子供達から父親をうばい、今度は、おとうさんがほしいだろうと、勝手なことをいって

  再婚した事を思うと、子供達に申し訳なくって、この離婚はこたえた。

  この時、上の息子は中学2年。難しい年頃だった。

  でも息子は一言。「お母さんが楽にならないんだったら、離婚してもいいよ。でも、もう僕はお父さんは

  いらない。」     わかった。この時、子供も親を見ている。ちゃんと親の事も考えてるんだと、痛感した

  事を思いだします。

  もう男はこりごり、仕事しなきゃ、仕事で頑張る。大学まで、あと4年。

  何とかそれまでに、自分の仕事を固めなきゃ、、。

  そう決意したにもかかわらず、人間はどうしてこう、あさはかなのか、、、。

  この後、5.6年は一人で頑張った。息子もめでたく大学に入学。私の手元を離れ、次男と2人の生活。

  女の自我が、またまた私の中に住みつきだしたから、我ながら呆れます。

  3度目の結婚が待っていようとは?

P.S

  2度目の旦那は、私と別れた後、分相応の仕事につき、それなりに生活していると、風邪に便りに

  聞きました。やっぱり私といるより、まともになる。別れた方が、彼の為!本当だったね。

  「さげまん」の私としては、良かった。良かった。

  

 

2008年6月25日 (水)

 結婚と?恋愛?

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  結婚と、恋愛は違うとよく言うけど、貴方はどう思う?

 私は、3度の結婚で、再認識したけれど、やっぱり違うと思う。

 男も女も、結婚に向いていないタイプがあると思う。それは結婚とは、こうあるべき、なんていう私の中で

 ある種の理想論があって、それにあてはまらないはみだしものは、やっぱり結婚すべきではなく、仮に

 結婚したとしても、いい結果にはならないような気がする。

 好きななった男が、家庭を大事にしてくれ、仕事もこなし、子供も大事にしてくれ、勿論、相手の家族の

 事も考えてくれる。   これは、イコール、結婚というゴールも見えてくる。

 私の場合、本当の好きだった男がいる。彼はピアノ弾き。いわゆるバンドマン。

 いい所のぼんぼんらしく、なんかそれが体全体に漂っているというか、、。

 貧乏に育った私は、それがとてもまぶしかった。

 小さい時、父親が指差す「飛行機」が彼には見えなかったらしく、お医者様から、将来、失明する可能性

 があります。と、宣告されたらしい。心配した両親は、彼に「お琴」を習わした。

 もしもの時に、困らないようにと。

 彼には、お琴のなごりが、あちこちに残っていた。ほんとうに毎日のささいなしぐさに、それは残っていて

 私は、それを感じることが、大好きだった。

 いつか、お琴が、ピアノに変わり、幸いにも目も、失明までには至らなかった。

 この男、結婚していた。奥さんはいわゆる「セレブ」。あまりのリッチぶりに、「これは惚れなきゃ、、。」

 と思った。というから、もうビックリ。

 解ります?こういう事を、平気?いや彼にとっては当たり前。私に話すような、普通じゃない神経。

 好きな音楽をやるためには、生活の事など、考えられない。

 奥さんの実家は、彼の収入などあてにもしていない。私達、庶民にはありえない話。

 でも私は、この彼が大好きだった。でも、旦那にする事など、勿論できない。

 「お前が金持ちだったらな~。」何回もいわれました。

 私達、ほんと、相性が良かった。お金があれば、私に子供がいなければ、、、。

 ずーと、一緒にいたかった相手だった。

 はかない恋愛に幕を下ろし、現実に戻って、いわゆる自分の結婚相手としての理想のタイプと、ゴールイン

 しても、結果は最悪!

 

 結婚と、恋愛は別!と解ってはいても、自分が本当に一緒にいたい男が、結婚には不向き。

 好きな相手が、結婚に向いている男であれば、幸せになれるのに、、。

 そうでない時、恋愛と、結婚は別!という事になるのでしょう。

 それでも、一緒にいたいのならば、相当な覚悟が必要。私にはなかった、その覚悟。

 どうです。皆さんは、選ぶ相手?結婚に向いてますか?

 恋愛  イコール  結婚。そうなれる事は、とてもラッキー!

 それでも、自分は、なかなか変えられない。

 私、自身が結婚には不向きなようで、、。

 

 

 

 

2008年6月20日 (金)

人生最終章

 

    50を目の前にして、彼女「かのこ」さんは、夜の世界から、身を引いた。

  結局、形になるものはなにも、残らなかった。 いや、残さなかったと言う方が、正しいのかもしれない。

  彼女いわく、男から、莫大なお金を貢がせた?彼女が言うには、皆、人生にはピークがあって、

  今から先、自分にかけてくれるお金が、どんどん下がっていくのを、見たくなかったそうだ。

  お金では、最高のものを手にした彼女だから、わからなくはないが、庶民の私などから見ると、

  まだまだ、捨てた物ではなかったのだが、、、。

  ただ、彼女は、もともとお金に固執するタイプではなかった。

  男からお金をとる?のは、彼女にとって、ひとつのゲームだった。

  この男!!と思ったら、どれだけ頑張るのかが「勿論、金額だが、、」めらめらと闘志が沸くのだそうな、、。

  思ったとうりに、男が手中にはまると、それが楽しくて、やめられなかったらしい、、。ハハハ、

  彼女、又笑っておりました。お金に固執しなかった彼女の周りには、アリンコのように、そのおこぼれに

  あずかろうと、良いも悪いも、人がむらがり、彼女はなんのためらいもなく、むらがるアリンコに手をさしのべ

  ておりました。自分にお金の稼ぎ方に問題があるんだから、いいのよ。

  なんだか、私はいつも切ない気持ちになっておりました。

  彼女はいつも、「貴方はいいわね。可愛い子供が2りもいて、、。」と寂しい目をして笑ってていたのを

  思い出します。

  きっと、何をしていても、不完全燃焼。幸せにはたどり着かなかったんだろうね。

  今、彼女は「エステシャン」として働いております。がしかし、、。相変わらず、周りの男達を

  振り回す癖は、直っていないようです。

  友人として、もう少し、歳をとったら、人生を語り合えるような、寄り添っていられるような、そんな

  パートナーを見つけてくれたらな?  だって、やっぱり、男と女しかいないのだから。

  人生の最終章で、完全燃焼、幸せになってほしいと思うのは、おせっかい?

  私も、そろそろ、その時期にきたかな?色んなことを考える歳になりました。

  貴方は、20代、30代、40代、50代、60代、、。

  歳の取り方、、。とても大事です。いい年のとり方してるね。っていわれたいよね。

  果たして、それが出来ているか・どうか。

  彼女「かのこ」さんは、すてきなおば様になりました。若い女の子に、今度はもてもてです。

  きっと輝きを忘れない彼女は、若い女の子のあこがれなのでしょう。

  皆さんは、どういう人生を歩んでいますか?

  どんな人生は歩んでいても、彼女のように、いつも輝きを忘れないように、生きていますか?

  私も、含めて、、。

 

 

2008年6月16日 (月)

自分探し!

    年下男との、はかない恋愛もどきの反動で、彼女が選んだセレブ男。

  何でも、彼女のいいなりだった。車!  宝石!  洋服!  着物!

  手に入らない物は、もう何もなかった。

  私は色んな女性が、お金のため、と選んだ男に、自分の欲求を全て満たしてくれる男に、

  初めは愛情がなくとも、段段と、男に惚れていく過程を、何度も見てきた。

  お金の力を痛感したものだ。

  でも「かの子」さんは、違った。なにが不満なのか、この彼には、本当に、冷たかった。

  ある朝、この男、れっきとした、とある会社の社長さん。なのに、、、。

  コンビニいって、パンを買い、紅茶をいれて、「かのこ」おはよう!

  彼女、惚れてる男には、あんなにつくしたにもかかわらず

  この変わり様、最悪だね!

  本人いわく、お茶一杯、入れてあげたことがないらしい。

  彼女の部屋に、入りびたりのこの社長。惚れてもいない相手に、嫌気が差し、

  本宅、「いわゆる、奥様の所」に電話しては、「チョット!お宅の旦那、帰れと言っても帰らないのよ。

  迎えに来てよ、迷惑してるのよ!」と、まあ身勝手なことをほざいてしまう始末。

  自分の思いどうりにならない男に、イライラがつのり、自分の思いどうりになる男は、これまた

  つまらない。いやはや、一体何が不満なのか?

  女はわからん!

  あれがほしいと言えば、すぐそれが手に入り、パリに行きたいといえば、パリの人に、、。

  3ヶ月、彼女はパリで過ごしたらしい、、。紅茶が大好きだった彼女はセーヌ川のカフェテラスで

  毎日、パリジェンヌ気分でひと時の幸せを感じていた事だろう。

  それでも夢は直ぐに覚め、日本に帰れば現実が目の前。

  全ての物が手に入っても、何故か彼女は不完全燃焼。

  お金では幸せにはなれない、、。彼女の答えだった。それから彼女の戦いが始まった。

  別れる。いや別れる物か.男もこれだけお金をつぎこんだ女!

  そう簡単には手ばなしてはくれない。喧嘩が絶えない。

  仕舞いには、「金がなかったら、あんたなんかとしゃべるのもうっとうしい」とはなんとも強烈!!

  これには男も我慢の限界、手が出た、、。彼女、傍にあった壷で頭を叩いた!!

  警察沙汰、、。「痴話喧嘩になんで警察がくるのよ!」とまた逆切れ!

  色んな事があったその結果。彼女は逃げた!

  商売道具の着物だけを持って、、、。彼女この男と暮らしている時、小さなアパートを別に借りていた。

  着物をそこに隠していた。いざと言う時のために、、。

  自分を変えるのはとても難しい、、。相手を変えるのも難しい。

  どんなにお金に恵まれていても、いつかこんな日が来る事を、彼女は知っていた。

  知らない町に、40近くなってお水をやるのはラストだ、、。又これもつらい。

  でも彼女仕事は頑張る。1年も経たないうちに「チーママ」になった。

  彼女は言った。人が味わえないような頂点の生活をしても幸せにはなれない。

  だからといって、自分も変えられない。なにが幸せなのかも、もうわからなくなった、、。

  私は彼女を見ていると、本当は可愛い女なのだと、そう思う。

  本当に好きな人と巡り合う時期や、本当に好きな人と暮らせるタイミングなどで、

  人って、大きく変われるような気がする。

  彼女が大好きだった「やくざやさん」と結婚でもしていれば、子供でも出来ていたら、、。

  彼女、子供には恵まれなかった。若かりし頃、1度結婚して女の子がいたが、残念の事に

  事故で亡くしてしまった。そこから彼女の人生が狂いだしたのは、もうまちがいない。

  ほしくて、ほしくて、、。でも2度と、こうのとりは彼女の所にはやってはこなかった。

  何をすれば、自分は幸せになれるんだろう、。彼女もずーと、捜し求めていたように思う。

  でもなかなか見つからない。

  新天地で彼女がどうなったかは又今度、、。

  貴方は何が、一番の幸せですか?

  もしそれが答えられるなら、きっと貴方は幸せになれるはず、、。

  自分探しは大切な人生の鍵!  自分を知ることはとても難しい。

2008年6月10日 (火)

 魔性の女

  さてさて、26歳から30歳まで、何とか夜の世界でやっていたが、

  実家に預けた子供達の事や、親の事情等、彼女「かのこ」より先にいわゆる「お水」を卒業!!

  それから先の私の事は今日は、まあおいといて、、。

  彼女、「かのこ」に付いて書きます。

  のちに私は女性相手の仕事につくのだが、それこそ数多くの女性を見てきた。

  でも彼女ほど、なんだろう?不思議?妖艶?子悪魔?

  色んな魅力を持つ女性はいなかった。

  まず、美人だ。好きな顔とか、嫌いな顔とかあるだろうが、素敵な顔立ちをしていた。

  次に、私と比べると、私はよく人に口が「達者」といわれるが、彼女はくちが「うまい」!!

  この差,わかります?平たく言えば、私は弁護士、彼女は詐欺師。

  人を説得して,自分のペースにしてしまう私と、相手のペースにはいりこんで、結果,自分のペースに

  してしまう彼女とは、全く正反対のタイプだった。

  私は、美人でもなく、どちらかと言うとブスよりな事は、前に説明済みだが、男も女も美しいに越した事は

  ない。美しいと言う事はそれだけで、まず自分に自信が持てる。

  初めから誇れることがあるといううのは、本当、大きいよね。

  私なんぞは、まず一つ目から努力して探さなければならないんだから、、、。

  人は自信が持てる事が増えるにつれ、なんだか成長できるような気がするね。

  彼女は私より、随分長く、夜の世界に身を置いていた。

  彼女の恋愛!!   これが又、おもしろかった。

  夜の世界で出来た、初めての彼、これがなんと、世に言う「やくざやさん」。

  やめなさ~い。いい男でもない、背も低い、どこがいいんだ、あんなやつ、、、。

  私は必死に止めたけど、彼女は「そんなの関係な~い」。

  だけど、これが仲がよかった。やくざであろうが、何であろうが、二人でいる時は、ただの男、

  ただの女、恋って不思議だな~.って考えさせられたものでした。

  でもこの彼氏、勿論結婚していた。奥さんだけならまだしも、他に女が二人もいた。

  だから彼女は4番目。それとこの彼氏、女に関しての約束事がちゃんと合って,なんでも奥さんが一番。

  説明すると、例えば、宝石を買うとしよう。

  奥さんが100万の商品なら、2番目は80万円、3番目は60万円、4番目の彼女には40万円

  の商品しかこない!という、なんとも律儀な法律なのだ。

  愛情は1番、彼女に有ったと思う。でもこれだけは変えてくれない。

  夜の世界じゃ、ほしい物なら、何でも手に入った。くやしくてくやしくて仕方がなかった。

  でも彼女、惚れてましたからね。6年位はつきあったかな~。

  その頃、彼女は、もう!もてもて状態で、仕事も1軒、店を任されて、雇われママになっていた。

  水商売は彼女の天性の仕事。何人の男が彼女の魅力にはまり、どれだけのお金を落としていった事か。

  いつまでたっても、自分だけの物にはならない彼氏にとうとう我慢の限界!!

  他に、男を作ったから、さあ大変!!

  さぞや別れる時が大変だったろうと、聞くと。家のドアを「ドンドン、ドンドン」怖くて開けられない。

  いくら叩いても、開けない彼女に腹を立て、仕舞いには、ドアの新聞入れから。なにやら燃えている。

  さすがの彼女もあきらめ、恐る恐るドアを開けた瞬間!「バシッ」と一発!

  それで終わった。なんとも男らしいじゃありませんか。

  いい男でしょう.とは彼女の弁。アハハ。と笑っておりました.。

  自分だけの男に今度こそし様と彼女の選んだ男。9歳年下?やめとけ!やめとけ!

  長くはないよね、きっと、やっぱりね。

  この男偉大すぎる女の前で、本来の自分の姿を見失い、とうとう仕事もしなくなった。

  この時、明らかに彼女は「さげまん」。一緒にいては駄目な典型的なカップル。

  夜仕事から帰ると、缶ビールの空き缶が転がっている、、。

  別れた!   良かった。良かった。あんたじゃなく彼が可愛そうだよ.とは私の弁!

  またまた「アハハ」と笑っておりました。

  働かなくなった男を食べさせる生活の反動で、今度は「お金」に走った。

  でも彼女、本来、そうお金に固執するタイプではない。

  こいうエピソードがある。

  ホステス仲間が結婚した。この子は子持ち、2回目。真面目な彼女はそこそこ貯金もしていて

  中古ではあるが、家を買った。でも家具までは揃えられないというんで、ちょうど「かのこ」さん。

  やくざさんと別れたばかり、家中の家財道具一式、それこそスプーンにいたるまで、すべてあげた。

  彼女が持ち出したのは、商売道具に着物!!これさえあれば他はいらない。

  わかります。このキップのよさ.。

  勿論、彼女の持ち物は,すべてゴージャス。私だってほし~い。

  だから本来、お金で男を選ぶなんていうのはありえないんだけどね。

  明日は彼女が、何故か1年で,「1億円」使わせてしまったと言うお話です。

  1億、どうしたらそんなに使えるの?

  まあまあ、楽しみにしといてください。強烈かも? 

  

  

2008年5月19日 (月)

 女の生き方。

    離婚し、新しい生活は始まりました。

    夜の世界に飛び込んだ私は、主婦では経験出来なかったであろう、色んな事から、

    ひとつ、大きな事を学んだ。

    それは、そうだな~、女は35歳位までには、自分の生きる道を決める事。

    それは、最近アラウンドフォーティなる言葉を耳にするが、そう、35歳から40歳は

    女としては、大事な時間。結婚はいつでも出来るが、子供を持つのは、タイムリミットがある。

    私のように、若いうちに当然の」ように結婚し、子供をもっている女は別として、、。

    結論は、女の行き方は3通り。

    結婚し、誰かに守られながら、生きていくか。

    結婚外、簡単にいうと、世に言う、お妾さん。愛人とお妾さんは全然違う。

    愛人は、経済的に相手に負担をかけない、気持ちだけで繋がっているケース。

    お妾さんは、勿論、男からしたら、2つの家庭を持つ事。当然経済的責任も発生する。

    最後はどちらでもない、一人で生きていく事。勿論経済的にも男並に頑張らねばならない。

    貴方はどう?どのタイプ。

    私は、最後のタイプ。色々あったけれど、どうもお妾さんというタイプではない。

    結婚し、奥様で成功しないのは、証明済み。仕事で頑張るしかないじゃない。

    3通りの女の行き方を考えると、私の周りに興味深い3人の女性がいた。

    これから1人ずつ、紹介したいと思う。

    やっている事は普通の人から見ると、とんでもない事のように思える事ばかりだが、

    根底にある物はそう人と、変わりはないんじゃないかと、今は思える。

    まず、1人目め。

    彼女にあったのは、離婚して最初に勤めたクラブ。そこは一応高級クラブ。

    彼女も私もアシスタントホステス「まだ見習いとでもいいましょうか?」

    何故か私に、愛想が悪い。なんだこの子、感じが悪い。

    会うたびにそう思っていましたが、ひょんなことから、話をするようになって、

    どうして私に冷たかったかのか、理由が解った。この世界に入るには、それはそれなりの

    訳が皆んなあるけど、、。(最近の水商売の女の子は決して、そうではないようだが、、。

    時代は変わりました。)

    分かれた旦那の浮気相手の名前が、私と一緒だった。彼女の名前は、ここでは

    「かの子」としよう。私はこれほど男にもてた、「イヤ、どうしたら男の気持ちをつかめるか?」

    を知っていた女を、見た事がない。彼女は勿論、美人だ。魅力的だった。

    でも綺麗な女は他にも、たくさんいた。彼女はホステスをする為に生まれてきたような、

    本当に不思議な女性だった。

    これから、彼女の人を虜にさせる性格と、相手を飲み込んでしまうその口のうまさ。

    彼女は口がうまい!  私は口が達者。この違いわかりますか?

    容姿にさほど自信がなかった私が、ホステスとして生きられたのは、この、口が達者と

    いうのと、その頃は歌がまあまあ歌えた。芸は身を助けるって、本当だね。

    彼女の話はとにかく、全てがゴウージャス。やる事、なすこと、本当、面白い子だった。

    その彼女が、1年間に「1億」。男に使わせてしまった事がある。

    そこにいくまでには、色んなドラマがあたのは当然だけど、、。

    次回、その話を書こうと思う。

    女って怖い?イヤ。そうじゃない、女って、やっぱり可愛い。

    そう思えるお話です。

    

2008年5月18日 (日)

 離婚の条件!

  離婚の際、離婚の条件と言うものがそれぞれにある。

  私の場合、旦那が特別悪い事をしたわけじゃなし、生活を脅かすような事を、継続的にしていた訳でも

  ない。いわゆる、最近の離婚の原因、第一位であろう、性格の不一致。

  昔とは、随分原因も変わってきていると思う。

  自分の事に置き換えてみても、我慢がないというか?ここの苦労が、明日の幸せかもしれないのに。

  現実、今の自分の感情を優先させてしまう。

  何故なんだう?今でも答えは見つからない。

  話は元に戻るけれど、離婚の条件。上記のような訳で、養育費なし。勿論慰謝料もなし。

  一人にしてもらえるだけで満足だった。かといって、シングルで、子供を育てる自信があったわけ

  じゃない。どうして生きていこうと思案の連続。とりあえず、お約束の水商売。

  キャリアも学歴も、特別なものなどない私が、短期間にお金をゲット出来るのは、やはり

  これしかなかった。でも容姿に自信が有るわけじゃ無し、これはこれで一体どうなるものやら?

  それに、私の旦那は普通のサラリーマン。養育費はもらおうと思えば、これは離婚の際、

  かりに私に落ち度があっても、要求しようとおもえば可能な事。

  でも皆さん!考えてください。彼はその時まだ25歳。真面目で家庭的、そのうえ、今で言う「イケ面」

  必ず再婚するはず。  人並みクラスのサラリーから、養育費を支払って、新しい家庭生活が出来ますか?

  私はそんな事、無理だと思った.最初は送ってくれるだろうが、いつか途切れる時がくる。

  ある物がなくなれば、人間、やはり原が立つ。それなら最初からほしくない。

  別れても、又、旦那ともめたくなかった。   こういう私を、友達は馬鹿と言うけど、、。

  まあいいか。何とか成る。いや何とかしなくちゃ!

  世の中には色んなケースがあると思うけれど、私はいわゆる、気甲斐性だけは、人一倍あるようで

  それがいい時もあるけど、、。マイナスの時もあるよね、  当然!! 

  奇麗事を書いているけど、そりゃ今まで苦しい事も当然あった訳だし、そのたびに「あいつが助けてくれれば

  」と、泣き言をつぶやく日もありましたよ。」

  でも私の離婚は成立。

  家を出ていく日。子供を抱きしめて、旦那が泣いた。人前で泣くような男じゃなかった。

  しんどくても、いつも背中をしゃんと伸ばして、あの人なりに頑張っていた。

  「おまえの様な女にさえ、関わらなければ、あの人は罰点のつくような人じゃない。

  可愛そうに、、。」とは、私の弟の言葉。同じ男として感じた素直な意見。

  私を可愛そうと言う人間は、一人もいなかった。   解るような気がする。

  離婚を機に、私は自分という人間にたびたび驚かされる事になる。

  皆さんは自分が好きですか?自分は愛すべき人間だと思いますか?

  とにかく、子供との私の生活が始まった。  

  

2008年5月17日 (土)

2008年5月16日 (金)

 離婚へカウントダウン!

    離婚するにも、お金がない。アパートを借りる分だけでも、仕事しなきゃ、、。

    その思いが、エスカレート。友達にいわゆる、ホステスのバイトをしているチョットかわった子(年上)

    なんだけど、その子は結婚していて、旦那は京都大学出で、テキヤ(テキヤといっても、今でいう

    キャラクターのプレートを、作って、四条川原町の商店街で売っていた)をしている変り種だった。

    この二人、知り合ったのが,ヨーロッパに行く船の中。嫁さんは、都庁に勤めていたのを、退職し

    何かを求めてか?単身一人旅。旦那の思いはさだかではないが、とにかく二人はおもしろかった。

    二人とも、教養もあり、育ちもいい。嫁さんは、チョット可愛い。ドリカムの美和ちゃんに似てたね。

    本当は、私はこの人達の中に居る方が、とても居心地のいい事に気がついていた。

    この辺も、いずれは離婚になる大きな要因だと思う。

    とにかく、彼女に頼んで、バイトを始める事にした。ホステス開始!

    実は私、病院に勤めるにあたって、バスになんかで行くなんて,大変!!

    そう思って、原付バイクの免許を取り、ヘルメットをかぶせた子供を前に乗せ、通勤していたのでござい 

    ます。人は私を勇敢ママと呼んでいました。

    バイクも、夏はいい。けれど寒い冬は、チビの手は、寒いをとうり越し、痛いの世界。

    雨が降ろうものなら、もう大変。それでもバス通勤にする事は考えもせず、一代奮起して、自動車学校

    には、行かず、免許を取ろうにかかったのです。

    学校に行くには、お金も暇もない。

    これでとれたら、その分で、中古の車を買っていいと言う約束を、旦那から取り付けて、

    見事、仮免3回、本検は1発で受かったから、もうごきげん。

    これでチビを雨風から守れる。仮免の試験の時は、並んでいる人のよさそうな女の子に、

    この時、チビを預けられなかったので、、、。チョット見ててくれる?なんて、わかります?

    私って、これ!と思ったら、もう絶対なんとかしなきゃ!と言うタイプなのです。

    だから、もし壁にぶち当たった時になんの処置能力もない、イヤ、、。し様としない事が

    理解できない人なんです。

    二人めが生まれてまだ1月半もたたないうちに、何にもいえない旦那を置いて,私は「やなぎごうり」

    に可愛らしいフリルをつけ、その中に生まれたばかりのチビを寝かせ、保育所に預けて、夜のバイトを

    開始したのです。

    1番、最初に言ったように、私はそれほど可愛くも、美しくもなかったけど、自信も勿論なかったけど

    もうやるしかない!体もまだ元に戻っていなかったから、しばらくはつらかったけど、離婚に向けての

    カウントダウンは、もう止められなかった。 

    その間、旦那は私が用意しているご飯を一人寂しく食べていたらしく、これはこれで、つらかったみたい

    この間、勿論、夜の生活は無し。皆さん。本当に別れる気持ちがあるのなら、ここは守らなきゃ。

    旦那はそこで、私の真剣に離婚を考えていると言う事に気がついたみたいなんだよね。

    旦那は、後で聞いたらかなり参っていたみたい。そりゃそうだよね。

    こうと思ったら、ひたすら走ってしまう、わたしの姿はよく知っているものね。

    部屋のお金だけでは、心ぼそいけど、もう我慢できない!

    いよいよ、出て行く時がきました。この時が大変だった。二人の子供の子とも含めて、、。

    修羅場です。本当に修羅場です。この件はまた次、、。

    嫌な場面だね~。

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